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北陸徘徊人

福井・石川・富山を中心にゆるーい旅を満喫中

哀愁的福井空港 〜えちぜん鉄道 西春江駅・太郎丸駅〜

福井

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えちぜん鉄道の電車は西春江駅に着いた。

2面2線、行き違いができる相対式ホームの無人駅。

同じ電車から4人ばかし一緒に下車したが、

写真を撮っている間に人影はまるでなくなった。

 

駅前にはレトロな理容室がポツリと建っていた。

その先には小さな神社。

 

僕は地図を片手に歩き出す。

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西春江駅から東へ10分ほど歩くと県道29号線に突き当たった。

福井方面に目を向ければショッピングセンターのアルプラザ・アミ、

芦原方面に目をやれば「福井空港」の標識がある。

 

最近では石川県の小松空港が半分福井の空港と化している、

なんて報道もあったりしたが、

福井にだってちゃんとした空港がある。

www.fukuishimbun.co.jp

 

標識に従って進めば広い駐車場と建物が現れた。

駐車場には10台ほどクルマが停まっている。

従業員の方であろうか。

 

県のサイトによると「福井空港」は昭和41年6月30日に開港、

福井〜東京間に定期便が1往復就航、

昭和43年4月には2往復に増便されたものの

昭和48年の小松空港ジェット化後は利用客が減少し、

昭和51年に休航となったとのこと。
 

定期便のない空港とは果たしてどんなものなのか、

福井に来てからずっと気になる存在ではあった。

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建物を眺める。

たまたま天気が良かったこともあるのだろうが、

沖縄や鹿児島の離島の空港を見ているような気もした。

だが「福井空港」の看板がなければどこぞの役場や、

小学校に見えなくもない。

 

意外にも入口は開放されていた。

「ようこそ、福井へ」

県内市町村のポスターもたくさん掲げてある。

何だか普通に定期便が飛んできて、

お客さんがやってきそうだ。

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2階の方が眺めが良いなんて張り紙があったので階段をあがる。

遊覧飛行のポスターが掲げてあった。

値段を見れば15分6500円からあるようで、

とても良心的価格であるような気もした。

空から福井を眺めて見るのも楽しい体験であると思う。

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2階には小さいながらも眺めのよい展望台があった。

 

滑走路は1200mのものが1本。

福井空港は、福井県の北西部に位置し、福井市の市街地から20分程度、北陸自動車道丸岡ICから10分程度で交通の便が良く、風向等の気象条件にも恵まれ た飛行場です。現在は航空写真、遊覧飛行等の小型機の基地として、またグライダーの訓練に使用されているほか、県警および県防災ヘリコプターも配備されて います。 

 ▷http://www.pref.fukui.jp/doc/fukui-airport/#enkaku

セスナ機がいくつか並んでおり、

その奥で10人前後の方がいる様子が見えたが、

何をやっているのかは分からない。

駐車場に停めてあったクルマの持ち主の方々であろうか。

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滑走路の奥を特急しらさぎが通過していく。

今まで意識したことがなかったが、

北陸本線に沿って滑走路があったということか。

改めて地図を見ればJRの春江駅にもほど近い。

 

駅にもインターにも福井市中心部にも近い。

空港としての立地条件なら

他と比べても十分過ぎるくらいに恵まれているような気がする。

 

小松空港に近すぎる、という点を除いては。

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僕の手元には福井新聞をコピーしたものが2部ある。

1部は昭和41年7月1日のもの。

福井空港が開港したのが昭和41年6月30日であるから、

その翌日になる。

 

今年の3月14日に北陸新幹線が開業した際、

富山の北日本新聞や石川の北国新聞

「何十ページあるねん、正月かよ」と突っ込みたくなるような分厚さで、

それはそれはおめでたい記事が満載であった。

 

福井新聞北日本北国新聞ほどではなかったが、

北陸新幹線にそれなりに紙面をさいていた。

 

では福井に空港が開港した時、

地元ではどんな報道がされたのか、

ヨソモノとしてはそんな好奇心もあり、

県立図書館に行ったのだ。

 

ところが昭和41年7月1日の新聞の一面に、

福井空港の開港を報じる記事は見当たらない。

日付か年を間違ったのかな、

そこまで思ったほどだ。

 

めくっていくと「福井空港の開港をお祝いします」といった

企業の広告はあったが記事がなかなか現れない。

ようやく出てきたのは10面である。

それも紙面の四分の一程度。

福井空港 華やかにスタート

県営福井空港の開港式が三十日午前九時から同空港と地元春江中体育館を中心に行われた。ミス空港パレード、自衛隊ジェット機による曲芸飛行などの記念行事も繰り広げられ、新しいそらの玄関のスタートを祝った。一日からは全日空フレンドシップ機(四十席)が福井ー東京間に一往復就航、営業を開始する。

(昭和41年7月1日付け・福井新聞

当時の県知事たちがテープカットをする写真が添えられている。

写真はもう一枚あって、花束を受け取る全日空機のパイロットの姿がある。

定期便の就航は1日からであるが、

30日は在京県人20人を乗せて一番機がやってきた、とある。

 

この後に続く記事そのものはセレモニーの内容を紹介するにとどまり、

この空港がいかに福井の発展に役立つか、

なんていうおめでたい話は一切ない。

あとはこの時に行われたアクロバット飛行の様子や「ミス空港」の記事が少々。
 

もう一部は定期便が就航した様子を伝える記事。

さっそう・・・一番機 福井空港 雨雲ついて爆音

福井空港から一日午後四時、約二千人の見送りを受けて待望の一番機が羽田へ向けて飛び立った。

この日の福井空港はあいにくの小雨もよう。東京からの一番機は三十八人の乗客を乗せて午後四時十分予定より三十分おくれて到着した。

さっそく空港エプロンに出迎えた北知事が東・東京都知事と足立日商会長あてのメッセージ、記念品の越前竹人形を平野スチュワーデスへと託し、荒木七生さんらミス、準ミス空港が清水機長と肥後副操縦士、平野スチュワーデスに花束を贈った。

このあと三十九人の乗客が、一番機に乗り込み、同四時四十五分羽田に向け飛び立った。

(昭和41年7月2日付け・福井新聞

 羽田行き一番機に乗り込む乗客たちの姿をとらえた写真が添えられている。

だが、記事は以上だ。これが全文だ。

それもやはり十面である。

一面ではない。

他に関連記事を探したが一切見当たらない。

 

当時の福井新聞が冷ややかな目で開港を見ていた、

そんな気すらしてくる。

案外それは県民の目であったのかもしれない。

 

一県一空港なんて言われていた時代、

莫大な税金を使って空港を建設し、

蓋を開けてみれば40人乗りの飛行機が東京と一日一往復、

ともなれば冷ややかな目にならざるを得ないと感じるが、

それは僕の推測にすぎない。

 

記事を読んでいて気になったのはダイヤである。

1日の記事の最後にダイヤが記されていたので書き出してみると、

こんな感じになる。

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東京から福井に来るのも、

福井から東京に行くのも何とも中途半端な時間と言えないか。

飛行機の運航の合間に福井へも足を伸ばしてみました、

そんな気がしなくもない。

 

県立図書館で昭和41年7月の時刻表を探したが、

所蔵されていなかったもので便名は不明だ。

 

機種のFとは「フォッカーF-27 フレンドシップ」という定員40人乗りのもので

全日空のサイトにその詳細が書かれている。

http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/ana_history/fleet/1953/f27.html

 

この十年後には定期便休航という事態に追い込まれていくのだが、

福井県のサイトでは「小松空港のジェット化のあおりを受け」と、

定期便が休航したのは小松空港のせいだと言わんばかりの一文もある。

 

せっかくなので小松空港とあわせて時刻表を辿ってみることにした。

 

福井空港開港前の昭和41年4月、

これは所蔵があったもので交通公社の時刻表から抽出してみたものだ。

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小松ー名古屋なんて路線が存在したのかと驚く。

それも東京が1往復なのに対し、名古屋は2往復もある。

運賃は名古屋までが3400円、東京までが6800円。

 

Vとはビッカースバイカウント828という機種で、

以下全日空のサイトにその詳細が書かれている。

http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/ana_history/fleet/1953/bb8.html

 

さて、東京ー福井線は7月に単独路線として開設されているが、

僅か3ヶ月後には変化が訪れる。

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東京発の福井行き直行便は存在するが、

福井発東京行きは小松経由になってしまうのだ。

 1時間20分で行けた東京は2時間に。

 

小松にしてみれば東京行きが増便したと見える。

 

この後、昭和43年に福井ー東京は2往復となるが、

形としては1往復は東京ー小松が福井に延長、

1往復は東京ー福井が小松に延長するというもので、

互いに持ちつ持たれつ、そんな関係が続くように見える。

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昭和46年10月からは福井単独の直行便が復活している。

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この後、昭和48年に小松空港はジェット化工事に入る。

そのため6月15日から1ヶ月間は空港の運用を停止するのだが、

この間にはこんなダイヤもあった。

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機種の「O」とはオリンピア号、日本初の純国産旅客機「YS-11」だ。

以下詳細。

http://www.ana.co.jp/ana-info/ana/ana_history/fleet/1962/ys.html

福井ー新潟なんて路線があったことに驚くが、

あくまで小松の代替措置であったようだ。

7月16日に小松空港の運用が再開されると次のように変化する。

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小松空港ジェット機であるボーイング737が就航するのは

この年の11月である。

残念ながら昭和48年11月の時刻表の所蔵はなかった。

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小松空港ジェット化を機に全日空の福井に対する冷遇が始まったように見える。

福井に行きたい方は小松行きに乗りなはれ、

帰りに寄ってあげますから、

そんな風にも思えるダイヤだ。

 

さらに本当は751・752便もB-737にしたいけど

帰りに福井寄らないといけないからYSのままなんだよな、

とも読める。

 

そして49年11月いっぱいをもって福井空港から東京行きは消え、

東京へは名古屋乗り継ぎとなる。

福井空港に寄らなくなった751・752便は当然B-737に(笑)

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ジェット化後の小松空港の充実ぶりはここに書くまでもない。

福井空港は昭和51年3月いっぱいをもって名古屋行きもなくなり、

現在に至る。

 

それからはや40年。

 

福井空港もジェット化の道を模索しはじめたのは

定期便の運航が終了した後のことだ。

ジェット機が離発着できる空港になれば定期便は復活する、

それは県民の悲願であると、

昭和60年になって拡張計画が発表された。

 

平成のはじめ頃まではわりと真剣に議論されていたようで、

福井県は「わたしたちの福井空港」と称した次のようなパンフレットを発行している。

福井空港は、福井県の人口規模、経済規模、需要動向から滑走路2,000mでその機能を十分果たすことができます。

福井空港は、県都福井市に近接し福井平野のほぼ中央に位置しております。空港の敵地は交通の便や気象、地形の状況などを検討して選定されます。こうした条件を満たす敵地は、現在地以外にありません。

福井空港は、国内路線で最も需要が見込まれる東京便を中心に、将来は地方拠点空港とネットワークした国内定期路線の展開を目指します。また環日本海圏を中心とした国際チャーター便の運航も十分可能です。

整備計画の概要

空港用地面積 約61.3ha
滑走路 長さ2,000m×幅45m
着陸帯 長さ2,120m×幅150m
エプロン 110m×225m 中型ジェット機3機分 小型ジェット機1機分
      87m×55m 小型機:ヘリコプター2機分 小型飛行機 5機分

赤道も越えられる。
滑走路が2,000mの福井空港には中型ジェット機(200人〜300人乗り)が就航できます。
中型ジェット機でも、環太平洋沿岸はもちろん、赤道を越えてオーストラリアまでも飛ぶことができます。
これらの国々への国際チャーター便が可能になることにより、福井空港は、進展しつつある国際化時代、環太平洋時代の新しい福井県の玄関口となります。

全国どこでも一日交通圏の確立
ジェット機では、東京、仙台へは1時間で、那覇へは2時間で行くことができます。
日本中が、日帰りできる程の近さになり、福井から日本各地へ、日本各地から福井へ、人・物・情報が動きます。

需要予測
国内線の旅客数は、全国ベースで年間6,969万人(平成4年度実績)にのぼり、今や国民の二人に一人は航空機を利用していることになり、航空機は国民の足となっています。
福井空港がジェット化整備されると、東京便だけで、西暦2000年には49万6000人、西暦2005年には63万7000人の旅客需要が、予想されています。またJRで東京まで3時間40分と福井県と同じような条件となっている富山空港の場合、平成4年度の東京便の年間利用客は78万人に達しており、単純な人口比率配分で計算しても福井空港の航空需要は十分期待できます。   

福井県土木部空港対策室発行のパンフレットより

どこぞの政党のマニフェストみたいだな、

なんて感じがしたのは僕だけか。

 

発行日の記載はなかったが、

文面から察するに平成5年頃のものと思われる。

何故か富山空港に対してライバル心をむき出しにしているようにも見える。

 

このパンフレットの冒頭部分に「こうした条件を満たす敵地は、現在地以外にありません」と書かれているのは、

当時、現在地ではダメだ、丸岡(現坂井市)に新「国際」空港建設を、

という声もあったようである。

丸岡空港建設促進派の資料の冒頭には次のような一文がある。

福井空港は昭和41年に開港した。
運航時間帯の80パーセント近くが北風であるので、南側からの直線進入が必要なのだが、その南側は市街地のために飛行制限区域となっている。やむなく、北側からの追風逆風の着陸を強いられている。すなわち、欠陥空港である。

続福井の空港問題を考える 福井県空港問題研究会著より

欠陥空港とはひどい書かれようで福井空港が気の毒に思えてくる。

上記の資料に目を通すと、

丸岡以外にも新空港の建設候補地として幾つかの場所があがっていたらしい。

 

だがその後、空港拡張計画はどうなったのか。

 

結局地元の同意を得ることができぬまま、

平成13年9月、栗田知事が拡張計画の凍結を表明。

小松空港へのシフト、北陸新幹線建設へと方針転換していく。

 

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しばらくボーッと眺めていたが、

離発着する飛行機は一機もなかった。

この建物内にも誰一人現れない。

 

この空港、福井の方々に祝ってもらえたのかな、

そんなことを考えると何だか悲しくなってきた。

開港時の地元紙の扱いですら僅かなものなのだ。

 

開港したもののわずか10年で定期便が撤退。

その後の拡張計画発表後は当然地元の意見も分かれただろう。

近所同士で不毛な争いが繰り広げられたかもしれない。

 

ところが定期便があろうがなかろうが、

福井に空港があることすら県民の脳裏から消え去ろうが、

小松空港が半分福井の空港と化そうが、

今なお福井空港はここにある。

 

雪が降れば除雪をせねばならないし、

どんなに簡素化されようと施設の維持管理には当然カネがかかる。

そのカネが何処から出ているかと言えば、

もちろん税金だ。

 

真剣に有効活用する道を探すべき時期に来ていると思われるが、

これまたヨソモノがどうこう言うべきことではないのだろう。

 

空は何処までも青いが風が冷たかった。

鼻水が出てきそうだったので退散することにした。

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道中に何の店もなかった西春江駅に戻る気にもなれず、

県道29号線を南へ。

アルプラザでビールを買ってプシュリとやる。

飲んでる間、福井空港の上空を見上げていたが、

やはり離発着する飛行機は現れない。

 

僕はえちぜん鉄道の太郎丸駅を目指して歩く。

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途中にやたらめったら立派な建物があり、

多くの子供達で賑わっていた。

福井県児童科学館・エンゼルランドで、

名誉館長は旧春江町に縁のあるらしい宇宙飛行士の毛利衛さん。

中にはプラネタリウムもある。

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ただ、

今のような通りすがりの酔っ払いには最も無縁な施設、とも言える。

 

僕は駅を目指して歩く。

 

正面から少女が歩いてきた。

何故か彼女はでかい猫を掲げていた。

少女は僕の顔を見るとニコリと頭を下げた。

その瞬間、するりと猫は彼女の手を抜けだした。

「ああああ!!!」

少女は叫びながら猫を追いかけていく。

何の非もないはずだが何だか申し訳なくなる。

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太郎丸駅に着いた。

1面1線の簡素な駅だ。

時刻表を確認すると、

福井方面の電車が来るにはまだ少し時間がある。

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寒空の下でプシュリとやった罰であろうか。

何か腹の調子が思わしくない。

待合室の並びにトイレらしき建物がある。

扉を開けるとウォッシュレットだ。

「さすが、えち鉄♪」

僕はすっかり感激して便座に腰をおろした。

 

だが次の瞬間、僕は青ざめた。

紙がない。

あたりを見渡しても常備されている様子はなかった。

「・・・」

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