北陸徘徊人

福井・石川・富山を中心にゆるーい旅を満喫中

JR越美北線・越前大野駅 〜越前おおの食べ歩き見て歩きマップ・麺屋ぜん・東湯〜

 

10時06分、越美北線九頭竜湖行きディーゼルカー越前大野駅に4分遅れで到着した。

ホームでは切り離し作業が開始され、

2両編成のうち前1両はこの先の九頭竜湖へ向かうが、

後ろ1両は折り返して福井行きとなる。

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改札口を抜けると、

白いジャンパーを羽織った女性が

「越前おおの食べ歩き・見て歩きマップ」を配布していた。

www.yuimachi-ono.jp

市内の協賛各店で使える商品引換券が5枚ついて本来は600円、

さらに各施設入館とまちなか循環バス利用のパスポートがついて

計1000円で発売されているものを、

越美北線の利用者には「無料」で配布しているのだ。

何とも太っ腹な企画である。

 

僕がこの企画を知ったのは、

以前に東郷の街を散策するために

越美北線の車両に乗ってからのこと。

 

 「越美北線大野市へお越しのお客様へ お得な食べ歩き見て歩きマップ(定価1000円)をさしあげます」

そんなチラシが車内に貼ってあった。

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大野はこれまでも「立ち寄り」程度にも行っていたし、

次はちゃんとした「目的地」として向かってみよう、

酒も飲みたいし京福バスの休日フリーきっぷを使って、

なんて考えていた矢先のことだった。

 

せめて北陸線の車内や福井駅に掲示していれば良かったのに、

そんなことを思った。

実際、僕はこのチラシを見たから、

わざわざ午前中に2本しかない越美北線の列車に乗って来ている。

言い方を変えれば、

越美北線に乗るまでこの企画を知らなかった、とも言える。

 

改めて駅舎を眺める。

平屋建てではあるが、市の中心駅にふさわしい堂々とした趣がある。

以下は以前書いた記事と被る部分もあるが、

少し詳しく見てみたい。

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hokuhai.hatenadiary.jp

 

越前大野駅は奥越地方の中心、大野市の表玄関で、山に囲まれた「小京都」といわれる。東西に六〜八間通り、南北に一〜五番 通りという町名がいかにも城下町らしい。駅から徒歩二十分のところに、越前大野城がある。初代藩主の金森長近公が築いた越前大野城は安永四年(一七七五) の大火で全焼。金森、土井公らの居城だった城は約百九十年間、そのままになっていたが、昭和四十三年に、旧大野藩士であった東京の萩原貞氏(故人)が四千 六百九十万円を寄付、鉄筋コンクリートのみごとな天守閣が再現された。
飛騨の高山より古いという朝市も有名。冬を除いて毎日、市の中心部の七間通 りで、付近の農家の人が新鮮な野菜類を持ち込んで店開きする。町内のあちこちにはきれいな清水が湧いており、殿様に献上したことから「殿様水」ともいわれ ている。この清水の一つ、本願清水に棲む体長四〜五センチの魚、イトヨは、県の天然記念物に指定され、保護されている。

1991年5月10日刊行 全線全駅鉄道の旅 第7巻 北陸・山陰 JR 私鉄 2300キロ より

越前大野駅には越美北線内で唯一駅員も配置されており、

みどりの窓口も設けられている。

しかしながらいかんせん悲しいのはダイヤで、

福井方面へは一日僅か9本、

九頭竜湖方面に至っては5本しか運転されない。

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越美北線はもともと福井と岐阜を結ぶ「越美線」として計画された路線で、

昭和35年12月に大野市の勝原まで開通している。

開通して間もないころの時刻表を再現してみた。

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開通当初から寂しいダイヤだったと

考えてしまいがちであるが、

当時は北陸本線の列車も少なかった。

参考までに福井駅の時刻表を再現してみた。

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北陸線の運転本数ですら上記の程度であることを考えれば、

越美北線の運転本数は「多かった」とも感じられる。

当時は貨物輸送もあったであろうから、

今よりは多くの列車が越美北線の線路上を行き交っていたのかもしれない。

 

以下、当時の新聞記事から抜粋。

越美北線開通バンザイ 大野で盛大に祝賀式
=40年の悲願実る=

奥越の資源開発の大動脈、越美北線の開通祝賀式は快晴に恵まれた十五日正午から大野市有終中学校で国鉄関係者や地元来賓が出席して盛大に開かれ、四十年の悲願達成を心から祝った。同線の沿線では地元民が開通の日の丸を持って祝賀列車を待ち、花火を打ち上げ、声を枯らして”開業万歳”を叫び、越美北線の前途に祝福を贈った。

福井新聞 昭和35年12月16日付

この後に続く記事では「営業面では典型的な赤字路線」との冷めた見方もある。

 

先述の新聞記事を読む限り、

昭和35年に大野の街にようやく鉄道が敷かれたと思ってしまうが、

実際はそんなことはなく、

京福電鉄が大野と福井の間を結んでいた。

以下が昭和35年当時の時刻表。

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越前本線勝山ー京福大野間は、1960年12月15日に越美北線南福井ー勝原が開通すると奥越地方における独占的な輸送機能を失った。勝山ー大野間の輸送実績は昭和35年度旅客130.5万人・貨物8.4万tが、昭和46年度45.8万人・2.1万トンに落ち込んだ。この 間、列車回数の削減、人件費の削減などの合理化を実施したものの収益の回復はままならず、収入2790万円に対して支出1億350万円を記録した。このような状況であったことから1972年8月以来、地元との話し合いを進め、1974年8月12日限りでの廃線が決定した。

 (私鉄の廃線跡を歩くⅢ北陸・上越・近畿編より)

60年の歴史閉じる
京福大野ー勝山間の廃線
マニアら300人別れ惜しむ

京福電鉄越前本線大野ー勝山間(八・六キロ)の廃線式が十二日、京福大野駅で行われた。
長い歴史を刻んだ同線の廃線とあって、午後三時ごろから京福大野駅には鉄道マニアや手に手にカメラを持った小、中学生、婦人、お年寄り約三百人が別れを惜しんで集まった。午後四時過ぎ、モールで飾られたサヨナラ電車が入線すると、市民から大きな拍手が起こった。続いて大上信雄京福電鉄福井支社長、寺島利鏡大野市長らの列席のもとに式が始まり、大上支社長が「六十年間の歴史をこれで閉じることになりました」とあいさつ。市民を代表して寺島市長が「永年、市民の足として親しんできた電車だけに、なくなるのは寂しいが、本当にご苦労さん」とサヨナラ電車にいたわりの声をかけた。
続いて河野玲子さん=大野高一年=、山田千景さん=陽明中一年=、から勤続二十年の多田健男運転士と清水勲車掌の二人に花束が贈られた。早速、市民たちは席を争うようにサヨナラ電車に乗り込んだ。
午後四時三十二分、ほたるの光のメロディーが京福大野駅に流れいよいよサヨナラ電車の発車。乗務員の挙手に見守られながら「ガタン、ガタン」と動き出すと、再び市民から大きな拍手が起こり、電車の後ろ姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 福井新聞 昭和49年8月13日付

越美北線という、本来なら岐阜へと通ずるべき大動脈が

中途半端に完成したおかげで、

県都福井へと通ずる日常の足が姿を消した、と思えてくる。

もちろん道路の整備も進み、

自家用車の普及など様々な要因があったのだろう。

 

勝山がえちぜん鉄道で今なお30分おきに県都・福井と結ばれていることを考えると、

大野の街が何だか不憫に思えてくる。

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駅前のロータリーから右へ進めば

朝市も開催される七間通りなどがある地区へと達する。

 

この日は平日であったが、

越美北線を利用して大野を訪れた観光客は

女性グループや夫婦連れなど数組はおり、

タクシーや徒歩で七間通り方面に向かう様子が見えた。

小さいオッサンは右へは向かわず

正面の道をまっすぐ進んでみることにした。

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通りには商店も並ぶが、

行き交う人の姿は僅かだ。

だが、どの地方都市にもみられるような

シャッターを閉じた店が意外なほど見受けられない。

 

いわゆる「見どころ」から外れたような場所でも、

ちゃんと街が息をしているような気がする。

その場で、人々が生活している。

だから不思議と街を歩いていて寂しいと感じることはない。

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「本願清水」なる看板を見かけた。

北陸では湧水を清水と呼ぶ。

しょうず、と読ますのも何だか粋だと思う。

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本願清水には「イトヨの里」というミュージアムがあった。

入館料は200円であるが、

先にもらったパスポートで入館できる。

 

中には本願清水の水中を、

ガラス越しに覗ける空間が設けられていた。

体長5センチほどの魚が泳いでいる姿が観察できる。

これがイトヨ(糸魚)か。

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さて、イトヨとはどういった魚か。

パンフレットより抜粋。

分類:トビウオ科イトヨ属 学名=ガステロステウス・アクレシーアツス 大野では昔から「ハリシン」と呼ばれ親しまれてきました。

特徴:イトヨには、海に住み産卵時に川をさかのぼる遡行型と、一生を淡水域で過ごす淡水型がいます。湧水の豊富な大野のイトヨは、淡水型です。

 イトヨの里 パンフレットより

 案内してくれた女性の口からは、

イトヨに対しての愛情がわんさと感じられた。

「雄が雌に求愛をする時はダンスをするんです。それがまた可愛くて」

「よければビデオもありますんでご覧になりませんか。ビデオを見てからイトヨをご覧いただくと可愛さが増すと思います」

せっかくなのでビデオを見せてもらう。

 

雄から雌に対しての求愛というのは、

人間と同じく「必死」であるように見受けられた。

雌から雄に対しては、、、

自分には経験があまりないのでよく分からぬ世界だが。

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イトヨの里を後にして、

越前大野城を目指す。

 

途中に名水百選にも選出された「御清水」がある。

地元の小学生たちがオリエンテーリングでもやっているのか、

賑やかな声が響いていた。

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「見て歩きマップ」を確認すると、

この先に高田酒店なる酒屋があり、

地酒の飲み比べをさせてくれるとあったので寄ってみた。

応対してくれたのは奥さんらしき女性で、

猪口に酒が注がれる。

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で、こちらの奥さん、酒に関する知識が驚くほど豊富であった。

一口ずつ飲んでいったが、

自分が感じたこと全てを見透かすかのような説明をしてくれる。

そして大野の酒蔵に対する自分の考えをきっちり持っていると察した。

詳しくは書かぬが、有意義な時間を過ごす。

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これから大野城へ行くと告げればわざわざ店の前まで出てきて、

「この空き地通って行ってください。近道です」

と見送ってくれた。

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大野城は標高249メートルある亀山の山上にある。

天空の城として近年マスコミでも取り上げられる機会が多くなった。

山上にある以上、

訪ねようと思えば上り坂が待っている。

酒に侵された中年男などすぐに息があがる。

その傍らを体操服姿の子どもたちが元気に駆け上がっていく。

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大野城へとたどり着く。

こちらも入館料は200円かかるが、

やはりパスポートの提示で見学できる。

 酒を飲ましてもらい、無料で見学させてもらい、何だか申し訳ない。

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大野城から下った先に渋い銭湯があった。

亀山湯とあるが、

この日は残念ながら定休日だ。

ただ、名水の街の銭湯には以前から惹かれるものがあった。

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さんざん銭湯で失敗している僕は、

今回は珍しく下調べをしてきている。

 

大野に残る銭湯は以下の四軒。

亀山湯:営業時間15:00〜23:00 定休日:月・木

キューピー湯:営業時間15:00〜22:00 定休日:水・日

日の出湯:営業時間15:00〜22:00 定休日:月・木

東湯:営業時間15:00〜22:00 定休日:火・金

 

この日は木曜日であったもので、

選択肢はキューピー湯か東湯の二択になる。

ただ、営業時間がいずれも15時からというのがネックであった。

どんなに酒を飲んでも夕方には福井に帰ってやることはある(笑)

 入浴するか否かは後から考えよう。

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大野の街を歩いていていいなと思うのは

観光地にありがちな「せわしなさ」が一切ない点だ。

土産物屋が並ぶわけでもなく、

何処も昔からの商売を続けている。

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ぶらぶら歩いていると腹が減ってきた。

何処で食べるか、

何を食べるか、

なんて考えているうちに駅前まで戻ってきてしまった。

「・・・」

 

時計を見れば13時15分。

まわりに渋い駅前食堂でもないかと見渡したが、

それといって見当たらない。

 

すると目の前にラーメン屋があった。

「麺屋ぜん」とある。

昼時を過ぎた時間にしては

駐車場も埋まっているし、

ロードバイクも数台止まっている。

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店内は恐ろしく混んでいて、

カウンターは全て埋まっていたし、

座敷もひとつしかあいていない状況だった。

「どうぞどうぞ」と愛想のいい女性店員が座敷に案内してくれた。

 

メニューを見れば、

一番安い塩ラーメンで740円もする。

正直言って、出ようと思った。
 

平日限定でセットメニューもあるようだが、

あまりお得な気もしない。

だが、間違いないのは「流行っている」ということであった。

福井市内でもなかなか見受けない盛況ぶりなのだ。

はて、大野の街のラーメンとはどんなものなのか。

 

塩ラーメンと生ビールを注文。

 

待っていると強面のオジサンが現れた。

常連さんなのか、

店員さんとあーだこーだと話している。

はて、どっかで見たことがある顔だと思った。

うーむ、誰だ、誰だ、誰だ、、、、、

 

生ビールが届く。

ぐびり。

食事を終えて出て行くお客さんを眺める。

店員さんが「いつもありがとねー」と、

若い男女のカップルを見送っている。

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隣のテーブルでは若い奥様方のグループが、

子連れでラーメンをすすっている。

ある意味新鮮な光景だ。

 

やがて塩ラーメンが届いた。

ひと目見て、「きれいやな」と思った。

一口スープを飲んで、

「何やこれ」と思った。

いい意味で。

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スーッと、入ってくる。

ストレートな細麺も、

あっさりしたスープをまといながら

「つるりん」と、入ってくる。

 

平日限定サービスのご飯をパクリ。

ビールをぐびり。

ラーメンをつるり。

スープは、スーッと。

 

気づけばスープまで飲み干していた。

塩分とりすぎになっちゃうかな。

まあいいや、うまいもんはうまい。

 

支払いを終えて、店を出て、

改めて店を眺めたら

先ほどみかけた強面のオジサンの正体が分かった。

どうやらオーナーさんであるようだ。

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この時点で14時。

さて、銭湯をどうするか。

駅前のベンチでしばし悩む。

 

次の越美北線・福井行きは15時08分発、次は17時07分発。

京福バス福井駅前行きは14時32分、15時32分、16時32分発と続く(平日ダイヤ)

できれば15時32分発のバスで帰りたいところだった。

しかし、東湯・キューピー湯とも駅からは離れている。

 

ここで注目したのは京福バスの経路だった。

京福バス福井駅前行きの始発は、

大野駅前ではなくヴィオというショッピングセンターだ。

ヴィオを出発したバスはイトヨの里近くを経由して、

大野駅にやってくる。

 

そして、東湯の場所がイトヨの里にほど近い。

 

僕の入浴時間など、

服を脱ぎ始めてから再び着るまで20分もあれば充分だ。

15時の開湯と同時に入浴して最寄りのバス停から

バスに乗れるのか。

 

東湯へ向かう。

午前中と似たようなところばかり歩いている気もするが、

気にしない。

 

住宅街の一画に「東湯」はあった。

亀山湯と同じく木造の渋い建物で、

一見すると旅館のように見える。

のれんはまだ掲げられていない。

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ここからバス通りまで歩いてみた。

糸魚町のバス停まで徒歩5分といったところ。

よし、大丈夫。

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少し周辺を歩いて時間を潰し、

再び東湯の前に戻ってきたのが14時55分。

中から若い女性が出てきてのれんをかけた。

その瞬間、次々と年配の女性が入っていく。

 

僕も入ってみたが番台には誰もいない。

先ほどの若い女性は何処へ行ったのか。

女性の脱衣所からは賑やかな声が聞こえてくるが、

男性側には誰一人いない。

うーむ、どうするか。

 

表に出ると、年配の女性が何か作業をしていた。

「入りたいンですけど」と告げれば、

「あれ、中、誰もいない?ごめんね」と笑う。

「あと、入れたてだからちょっと熱いかも」

どうやらこちらの奥さんのようだ。

 

木製のロッカーには鍵などない。

脱衣所は薄暗かったが、

浴室は天井近くの窓から明るい日差しが差し込んでいる。

 

さっと身体を洗って、いざ浴槽へ。

 

あつっ!!!

 

ちょっと熱い、なんてものではなく、

めちゃくちゃ熱い。

けど、不思議な事に入れる。

首までつかれば額から汗が噴き出してきた。

 

改めて浴室を眺めてみれば、

タイルには補修の後も目立つし、

全体的にくたびれている印象はある。

だが清掃は行き届いているし、

何より湯が美しく、やわらかい。

 

塩素だらけの循環温泉より遥かに上質な湯だ。

大野の名水をそのまま沸かしているのであろうし、

いい湯で当然といえば当然か。

こんな湯に日常的に入れる大野の方々が羨ましくなった。

 

そういや今日はいくつかの店や施設で

女性と話をする機会があったが、

みな肌がキレイであったようにも思う。

 

さっぱりした気分で浴室を出た。

すると奥さんらしき方が

「もう出たの」と笑った。

 

僕はバス停に向けて走りだした。

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