北陸徘徊人

福井・石川・富山を中心にゆるーい旅を満喫中

石川県小松市 〜尾小屋マインロード・つるっと・土居原ボンネット広場〜

穴が好きである。

別に厭らしい意味で、てな訳でなく、

旅先で鉱山跡や鍾乳洞なんかがあると

ついつい立ち寄りたくなる。

 

現在も採掘されている地は僅かで

その多くは時代の流れとともに閉山してしまった。

 

この鉱山跡を見学できる施設は

かつて日本各地にあったのだが、

やはり多くは閉鎖されてしまった。

 

福井にもかつて旧和泉村、現大野市

アドベンチャーランド中竜」という

マニア心をくすぐるような見学施設が存在していた。

 

専用のシャトルバスに乗り込み、

地底120メートルまで一気に下り、

そこから約30分ほどの見学ルートがあった。

 

Youtubeで動画発見

www.youtube.com

www.youtube.com

このシャトルバスが地底に降りていくのが何ともスリリングで楽しく、

僕もかつて何度か訪れているのだが、

いつも気の毒なほどにすいていた。

鉱山観光とは一般受けしないものなのだろうか。

気づけば平成18年に閉鎖されてしまった。

 

しかしながら現在は九州の軍艦島などといった

産業革命遺産が注目を集めつつある。

復活すれば人気が出そうな気もするが、

それは夢か幻か。

 

さて、北陸で現在唯一鉱山見学ができるのが

尾小屋鉱山跡であるらしい。

 

僕も鉄道ファンの端くれである以上、

尾小屋鉄道なる私鉄があったことは知っているから、

尾小屋という地名にも聞き覚えはある。

 

地図上では小松の山奥である。

 

以前から気になる存在ではあったが、

なかなか立ち寄る機会がなかった。

さらにサイトを開けば12月から冬季休業に入るとのこと。

こうなれば行けるうちに行っておきたい。

 

週末、相方は不在であったもので、

僕はビールでも飲みながら電車とバスで尾小屋鉱山跡を訪ねようと考えた。

ところが小松駅からのバスは一日わずか3往復しかない。

http://komatsubus.jp/time/time5.pdf

 

かといって一人で車で行くには微妙な距離がある。

酒の飲めない一人旅なんて悲しすぎる。

 

僕は相棒に「小松に行かないか」と声をかけた。

夏に白川郷に行った男の友人である。

 

「小松に何があるンですか」

相棒は言った。

「穴があるのだ」

僕は言った。

 

先週までの暖かさが一転し、

福井にもいきなり冬がやってきた。

金曜日、石川の白峰では除雪車も出動した、

そんなニュースも流れていた。

 

土曜日の朝、福井は雨だった。

「出かけるたびに雨ですね」

相棒は言った。

 

8号線小松バイパスを東山で降り、

国道416号線を南下する。

 DSC00088.jpg

看板に従って細道を上がると

いきなり目の前に蒸気機関車をはじめとする3両の車両が現れた。

尾小屋と小松を結んでいた尾小屋鉄道で使用されていたものだ。

 DSC00159.jpg

線路幅は762mmであるから、

機関車も客車もこぶりなものである。

客車内に足を踏み入れると

背の高い相方はアタマをぶつけそうになっている。

 DSC00154.jpg

そして、

「いいですね、小さい人は気にせず歩けて」

などと失礼なことを言う。

DSC00164.jpg 

驚くのはこの車両がまだ動くということだ。

年に何度か公開運転されているとのこと。

www.city.komatsu.lg.jp

小松市の、地元の方々の、

鉄道に対する深い愛情がしみじみと伝わってくる。

 DSC00162.jpg

尾小屋鉱山資料館は展示車両の目の前にあった。

駐車場には車が1台のみ。

中に入ると「雨の中ようこそ」と係の女性。

「もうまもなく冬季閉鎖なんです。良かったです、開いているうちにお越しいただけて」

 DSC00090.jpg

入館料は1人500円なのだが、

小松市内にある8施設が見学できる「ミュージアムパス」

なるものがあり、

有効期間は一週間でこれまた500円であるという。

せっかくなのでミュージアムパスを購入。

 

↓詳細はこちらに

http://www.kcm.gr.jp/hakubutsukan/?mode=disp&page=7

 

「坑道は建物の裏口からいけます。そこに傘もありますので使ってください。どうぞごゆっくり」

 

尾小屋鉱山についてはパンフレットには次のように記されていた。

尾小屋鉱山の始まりは、あまり詳しく知られていませんが、古くは天和2年(1682)に採掘されていた記録が残っています。

本格的な採掘は明治10年代から。加賀藩旧家老の横山家が経営に乗り出し、日本有数の鉱山へと発展しました。

大正期には不況などで経営が停滞しましたが、昭和6年(1931)、日本鉱業株式会社により経営が再開。昭和30年ごろをピークとして発展し、最盛期には年間2,000トンを超える粗銅を生産しました。

しかし、そのピークを過ぎると、安価な海外銅の国内流入などで経営が停滞。昭和37年(1962)に製錬の火が消え、尾小屋鉱山本山が閉山。昭和46年(1971)には支山が閉山し、尾小屋鉱山全面廃止となりました。

なお、尾小屋鉱山では、おもに銅鉱石が採掘され、製錬を経て粗銅が生産されていました。ほかには鉛・亜鉛・硫化鉄の鉱石が採掘されていました。

資料館では採掘された鉱石を、

実際に手にとってみることが出来る。

DSC00092.jpg 

DSC00151.jpg 

DSC00096.jpg 

資料館の裏手から外へでて、

尾小屋マインロードへと向かう。

マインロードとは何とも不思議な命名だなと思っていたら、

鉱山を英語でmine(マイン)というらしい。

なるほど。

 DSC00098.jpg

DSC00100.jpg 

マインロードに足を踏み入れると、

中は湿った空気で満ちていた。

DSC00105.jpg 

鉱山見学と言えばおなじみのマネキン。

 DSC00106.jpg

DSC00107.jpg 

DSC00108.jpg 

 DSC00111.jpg

書いてる今気づいたが、

僕は鉱山見学よりマネキンが好きなのかもしれない(笑) 

DSC00112.jpg 

いきなりシャボン玉攻撃にあったり、

妙に艶っぽい空間があったりする。

 DSC00118.jpg

DSC00121.jpg 

DSC00123.jpg 

それにしても季節外れなのか、

他にだれも見学者が現れないのが寂しい点であった。

駐車場に1台だけあった車は係の方のものであろう。

DSC00138.jpg 

DSC00141.jpg 

 DSC00144.jpg

DSC00147.jpg 

再度書いておきますが、

12月1日〜3月24日までは冬季休館です。

 DSC00148.jpg

係の女性の見送りを受けて尾小屋鉱山資料館を後にした。

最初は久々に金沢市内にでも行ってみるか、

なんて話もしていたのだが

せっかくミュージアムパスを所持しているので小松市内へ。

 

足早に博物館、美術館を見学。

中でも印象的だったのが「宮本三郎美術館」だった。

展示物を物語のように見せる手法は他にはないもので、

なかなか見応えがある。

DSC00177.jpg 

 DSC00179.jpg

こまつの杜とサイエンスヒルズこまつ(ミュージアムパスは対象外)を見たら

外は土砂降りになっていた。

雨宿りがてら小松駅へ。

相棒に餃子でも御馳走したいところであったが、

出歩くのもおっくうになるほどの雨だ。

 

そんなもので昼飯は高架下にあるうどん屋「つるっと」さんへ。

駅のうどん屋といえばつい「立ち食い」程度のものを想像するが、

これがちゃんとした「うどん屋」さんであった。

 DSC00198.jpg

さて、小松うどんには定義があるそうな。

小松うどん定義八か条
一、小松市内で製造された麺であるべし
一、手打ち手打ち風のものであるべし
一、加水量は小麦粉重量に対して35%w.w以上52%w .w 未満を基準とすべし
一、食塩水濃度10%を基準とするべし
一、白山水系の水で仕込むべし
一、出汁はうるめ、むろあじ、鯖節等を主に用い、昆布をふんだんに使いひくべし
一、具材は“じのもん”を出来る限り使うべし
一、小松の発展を願い茹で上げるべし

 

最近はさぬきうどんブームのせいか、

「コシの強さ」を売りにしたうどんが多い気がするが

ほどよく「もちっ」とした歯ごたえが何とも心地よい。

 

そして特筆すべきは「天ぷら」か。

ちゃんとネクタイをしめ、白衣を着た、

キリリとした出で立ちの職人さんが揚げている。

 

相棒は義経天ぷらうどんを食したが、

天ぷらは別皿に盛られていた。

僕は天丼とうどんのセットを食したが、

ほれぼれするような美しい天ぷらが

ご飯の上にでんと盛られていた。

DSC00199.jpg 

 DSC00200.jpg

【まるごと・こまつ・旅ナビ】小松うどん道場 つるっと

 

せっかく小松駅まで来たので、

ボンネット広場に立ち寄ることにした。

前回訪れた時は平日であったもので外から眺めるだけだったが、

週末なら中の見学が出来るかもしれない。

 

高架下の歩道を歩いて土居原ボンネット広場へ。

 

すると雨の中、クハ489の前照灯が点灯していた。

些細なことだが、この光景だけで嬉しくなった。

ただそこに置いてあるだけではないのだ。

まだ、ちゃんと、生きている。

 DSC00203.jpg

中に入ると、デッキの部分に車内販売のワゴンが置いてあった。

北陸線の特急からは車内販売すら消えたので、

このワゴンですら懐かしく感じる。

過去に僕はこのワゴンから何本のビールを買い、

どれだけの弁当を買ったのだろう。

DSC00219.jpg 

客室に入ると、

そこは「テツの空間」と化していた。

この客室内は無料で見学ができるが、

運転席の見学は有料(300円)となる。

 DSC00218.jpg

この300円がこの車両の維持管理につながっているとのこと。

相棒はさほど興味を示さなかったもので、

僕だけ運転席を見学させてもらう。

スタッフの方にお金を支払うと、

硬券を取り出し入鋏してくれた。

IMG_0559.jpg 

硬券の表面には「小松市内から土居原ゆき」とある。

なかなかの遊び心だ。

さらに裏を返してみれば、

クハ489−501は昭和46年7月3日に製造され、

平成24年5月15日まの引退まで7,368,667キロを走りました。

この券で鉄道会社線は乗車できません。

クハ489−501運転室乗車時に日付印字と入鋏を受けたもののみ有効

と書かれている。

 

なかなか遊び心あふれるもので、

ついにやりと口元が緩んでしまう。

そして運転席へ。

 DSC00213.jpg

 DSC00204.jpg

それにしても運転席とは

オッサンをショーネンに帰らせてくれる空間であると

つくづく思う(笑)

 DSC00205.jpg

恐らく僕と同世代であろう、

スタッフの方からしばらくお話を聞かせてもらった。

 

屋外の保存であるから手入れが欠かせないこと、

公開から2年が経ち、

今後の保存の在り方についての道筋が見えてきたこと、

苦労も多いようであるが、

車両に対する愛着に満ちあふれていた。

DSC00215.jpg 

 DSC00216.jpg

それ以上に感じたのは小松という街に対する愛情と誇りだ。

許可を得てる訳ではないので詳しくは書かぬが、

金沢に対しての考え方なんかが僕とまったく同じで、

ついつい長話になってしまった。

DSC00221.jpg 

結局1時間以上滞在してボンネット広場を後にした。

相方は

「DAIさんってほんまモンの鉄ちゃんやったんやなあ、話に全然ついていけんかった」

と、笑う。

 

広場を出ようとしたら、

クハ489の警笛が鳴った。

また来ます、僕らは小さく頭を下げて小松を後にした。

 DSC00223.jpg

追記

この車内解放もまもなく冬季休業になるそうです。

今年は12月12日(土)まで。

平成28年は3月19日(土)から再開とのこと。

詳しくは以下のサイトをご確認ください。

www.kuha489-501.jp

広告