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北陸徘徊人

福井・石川・富山を中心にゆるーい旅を満喫中

男三人旅 〜台北はやはり雨だった・土砂降り九份、文湖線、臭豆腐〜

今日一日だけでも天気がもってくれれば、

そう願っていた台北2日目の朝は雨だった。

まだ眠っている次男坊は九份に行きたいと言っていた。

はて、どうすりゃいいのやら。

 

ホテルの車で中山駅まで送ってもらい、

ひとまず中正紀念堂駅へ。

 

中正紀念堂中華民国の初代総統である蒋介石の顕彰施設であり、

台北のツアーなどにはほぼ組み込まれている観光名所といってよい。

中正とは蒋介石の本名であるとのこと。

この日も雨にも関わらず多くの観光客で賑わっていた。

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以前にちょっと立ち寄ったことはあったが、

ゆっくり見るのは今回が初めてだ。

時刻はちょうど9時。

蒋介石像を見守る儀仗隊の交代式が行われる時間だった。

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5人のピタリとそろった一連の動きは

思わず息を呑む美しさであるし、

蒋介石像も微笑んでいるかのように見えなくもない。

甥っ子2人とついつい見入ってしまった。

 

巨大な蒋介石像は西の方角を向いているとのこと。

その視線の先にあるのは中国大陸か。

あれ、何か違和感がある。

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1階の展示室に降りてみて驚いた。

たまたまかもしれぬが

この時の展示内容が完全に「中国」と化しているのだ。

 

そこいら中に「抗日」の文字が見える。

僕から見ればここは完全に「反日」の世界だった。

無論、台湾の方の中にも「抗日」の思想があるのは当然のことだろう。

台湾の方々の視点で「抗日」の展示をしているならまだしも、

この場はどうみても「中国」の「抗日」であるように感じた。

南京大虐殺」の絵画まであるのだ。

 

のんきな気分で現れた旅行者には、

いささか衝撃的な内容とも言えるが、

現政権が中国寄りである以上これは仕方のないことなのか。

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蒋介石について調べてみたのはこの日の夜、

ホテルに帰ってネットを繋いでからだ。

 

蒋介石は建国の父である一方、国民党による民衆弾圧、

ニ・ニ八事件の首謀者であるとされる。

彼が民衆弾圧を行ったのが事実であるなら、

台湾の方々にとっての蒋介石とはまさに

「憎むべき存在」と言ってよいのではなかろうか。

 

また、中正紀念堂も以前に民進党が政権をとっていた時は

「台湾民主紀念館」と称され、

儀仗隊の交代式も行われていなかったと言う。

すなわち儀仗隊の交代式は

国民党政権による観光客向けのパフォーマンスということか。

 

それが長きに渡り続けられてきた儀式であると信じ、

歴史もろくに下調べせず、

ガイドブックの情報を鵜呑みにして、

ひょいひょいと出かけてしまった自分が情けなくもなる。

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調べてみるとかつての民進党政権時には

独裁者・蒋介石の銅像撤去も考えられていた、そんな記事も見かけた。

さすがにそれはできなかったようであるが、

展示物の内容は今ともずいぶん違っていたようだ。

 

今年の5月、再び民進党政権となったとき、

中正紀念堂は何らかの変化をみせるのかもしれない。

 

違和感という点でもうひとつ。

中正紀念堂の前は広大な広場となっているのだが、

そこには巨大なテントが設営されていた。

行われていたのは何故か「アナと雪の女王」のイベントなのだ(笑)

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それもよりによって広大な広場の中でも中正紀念堂の階段前の一画である。

このテントがなければ恐らく絶好の記念撮影ポイントとなるであろう。

さらに正門の位置から中正紀念堂を撮影すると、

必ずこのテントが映り込む。

 

あとから思えば台湾の方々はここを観光地にしたくないのかもな、

そんな風にも感じた。

ま、あくまで酔っぱらいの感想である。

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中正紀念堂を後にして地下鉄で台北駅へ向かう。

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台北駅のフードコートで朝食を兼ねた昼食をとり、

瑞芳行きの普通電車に乗り込んだ。

平日の日中という中途半端な時間にも関わらず、

車内は賑わっていて席は埋まっている。

ガイドブックを手にした日本人観光客の姿も多い。

 

台北中心部は地下を走行した電車は南港駅の先で地上に出る。

相変わらず雨はしとしと降っている。

雨さえやめば平渓線に足を伸ばし、

天燈上げやって台湾煤鉱博物館でトロッコ乗って、

と色々考えてはいたが、

いかんせん雨である。はて、どうするか。

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考えがまとまらぬまま瑞芳駅に着いた。

やはり雨は止む様子もないもので、

このまま九份に向かうことにした。

バス停近くのセブン-イレブンで悠遊カードにチャージ。

 

女性の店員さんが「親子ですか」と日本語で言う。

妹の子です、なんて複雑なことを言う必要もないので、

「ええ」と僕は答える。

「日本語、少し勉強してます。ようこそ、台湾へ」

彼女はニッコリ笑った。

 「どうぞ日本にもお越しください」

僕は言った。

 

このセブン-イレブンにはちょっとした思い出がある。

はじめて相方と台湾に来た時、

平渓線の列車を待ちがてらこの瑞芳の街を歩いていたのだが、

その時もいきなりとんでもない雨に見舞われた。

 

僕と相方はセブン-イレブンに入り、

傘を買うか、いやそのうちやむか、なんて言いながら

傘売り場の前でしばし悩んでいた。

 

すると会計をすませた若い女性が、

「この傘、つかって」とたどたどしい日本語で告げると、

手にしていたいた銀色の折りたたみ傘を僕にもたせた。

「いや、結構です」と僕は言ったのだが、

「ダイジョーブ、ダイジョーブ、使ってね」とニッコリ笑い、

彼女は雨の中を走り去っていったのだ。

 

あの時の女性には本当に感謝の思いしかない。

多分、この街の何処かにいるのだろうが、

残念ながら顔は憶えていない。

 

バスに乗り込み九份へ。

上り坂に差し掛かるとあたりは霧に覆われ、

何も見えなくなった。

 

台湾のバスは「飛ばす」印象があり、

「覚悟しとくように」と甥っ子たちに告げてはいたが、

昨日の空港からのバスにしろ、

今日のバスにしろ、実に安全運転である。

 

九份に着くと雨は一層強さを増した。

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九份の通りはずっと屋根が続いていると思っていたが、

雨降りの日中に見てみれば、

単にそれぞれの店の軒先の屋根が折り重なっていただけ、

そんなことに気づく。

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そんな訳で狭い通りの真ん中を歩けば、

常に雨がしたたり落ちてきてずぶ濡れになる。

傘が欠かせぬから狭い通りは「わやわや」になっていた。

地元の観光客の方の中には「カッパ」を着用していた方もいたが、

雨の九份ではそれが一番適したスタイルかもしれない。

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奥に進めば進むほど人通りは減っていき、

いつもオソロシイ数の人々でごったがえしている

阿妹茶酒館周辺も閑散としていた。

 

しかし、雨であろうが何であろうが、

このあたりの光景を見たかったらしい甥っ子たちは

「おお!」と嬉しげにシャッターを切っている。

雨に降られ、霧に覆われた九份であるが、

これはこれでこの日しか見えない光景なんだよなと思う。

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それにしても、

恐ろしく寒い(笑)

これだけは3人共通の意見であったもので

早々に九份を後にすることにした。

 

台北行きのバスに乗ると、

いつもカードのようなものを手渡されていたような気がするが、

今回の無愛想な運ちゃんは「台北」と言っても何もくれなかった。

 

で、この運ちゃんがついにと言うべきか、

なかなかスリリングな運転をする方であった(笑)

下り坂なのにアクセル全開、

ぐわーんと排気ブレーキが効いたと思ったら、

ガツンと急ブレーキ。

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「シートベルトしとけよ」と僕は言った。

甥っ子たちは無言で従う。

高速道路に入ってもスリリングな走りは続いていたが、

そのうち次男坊はウトウト居眠りを始めた。

この状況下で眠れる精神力がある意味うらやましい。

単に僕の気が小さいだけ、とも言える。

 

九份を往復しただけであるので台北に戻ってきたのは15時前と、

何とも中途半端な時間になった。

そんなものでMRTの文湖線から台北市内を眺めることにした。

文湖線は完全自動運転の新交通システムを採用しており、

一部を除きほぼ全線が高架で眺めも良い。

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新交通システムと言えば都心部だけを走る印象があるが、

文湖線の沿線は住宅地であったり、自然豊かな公園であったり、

ビルの合間を貫いたと思えば山岳トンネルもあったりと、

めまぐるしく変わる車窓は何度乗車しても飽きない。

 

文湖線は台北という街の色んな側面を眺めることができる、

優れた乗り物だと思う。

 

運転士気分を味わえる先頭車両は、

地元の子供たちにも大人気のようで、

大勢の子供たちがかぶりつきで景色を眺めている。

こんな楽しい乗り物が身近にある台北の子供たちが

何とも羨ましい(笑)

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さっぱり雨はやまぬが士林夜市へ行った。

地下の食堂街の一画で、晩飯はどこの店にするかとウロウロしていたら、

日本人男性4人のテーブルに「臭豆腐」が運ばれてくる様子が見えた。

すると1人が「あー、もうこのニオイありえん、無理無理」と完全に拒絶反応、

他の3人もニオイを嗅いで顔をしかめ、

誰も手をつけようとしない。

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僕も以前から挑戦してみたい食べ物であったが、

納豆ですら「臭い」と言う相方の前で食べる勇気がなかった。

まして2月だったか、JR関西線の電車内で異臭が発生し、

電車がストップする騒動となったのだが、

その原因は「臭豆腐」であったという笑えぬ話もあった。

JR関西線普通列車で7日午後、異臭騒ぎがあり、乗客全員が下車した弥富駅(愛知県弥富市)のごみ箱から豆腐を発酵させて作る食品「臭豆腐」が見つかっていたことが8日、県警中村署への取材で分かった。

臭豆腐は台湾や香港で食べられ、独特の風味と強いにおいで知られる。車内の床には液体がこぼれていたといい、中村署は臭豆腐とその汁が異臭の原因になった可能性があるとみて鑑定を進める。

異臭は7日午後1時10分ごろ、四日市発名古屋行き普通で発生。乗客約20人に体調不良などはなく、後続列車に乗り換えた。乗客が「アンモニア臭がする」と乗務員に通報したという。

関西線は名古屋-桑名間で運休するなどし、約4800人に影響した。《産経新聞・2月8日付記事》

うーむ、やはり気になる。

 

今回は幸いにも男3人である。

甥っ子たちに食べさせてみてその様子を眺めるのも楽しいかもしれぬ。

そんな訳で別の店の一画に腰をおろし、

臭豆腐、その他もろもろとビールを注文。

 

臭豆腐が運ばれてきた。

見た目は「厚揚げ」にしか見えない。

キャベツの酢漬けのようなものが上に添えられている。

ニオイをかいでみるが、たいして臭いとは思わない。

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「地元の食べ物だし食べてみな」

と卑怯な叔父はまず次男坊に勧めてみる。

次男坊は恐る恐るニオイを嗅いで、

ダイジョーブと判断したのか、

半分ほどパクリ。

 

次のの瞬間「あーっ、あーっ」と声にならぬ声をあげ、

ペットボトルの水をがぶ飲みしはじめた。

爆笑したチョーナンが不満だったのか、

「食べてみーな」とチョーナンに皿を渡す。

チョーナンは恐る恐る3分の1ほど口に含むと、

やはり水をがぶ飲みして「無理」と言った。

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さて、甥っ子たちの反応を見たところでいざ実食。

改めてニオイを嗅いでみたが、

やはりそれほど臭いとは思わない。

ま、僕は便所の汲み取りも平気な人間であるから、

ニオイに関しては麻痺しているというのもある。

 

一口食べてみる。

食感はやはり日本の厚揚げそのものである。

確かに若干アンモニア臭がするが、

それほど気になるほどでもない。

ウマイとは思わぬが、まずいとも思わない。

 

割りとフツーに食べる僕を見て、

二人は不満気な顔を浮かべている。

どうやら僕が「マズ!」とか言って吐き出すのを期待していたようだ。

 

後から知った話では臭豆腐には「生タイプ」とそれを揚げたものが存在し、

強烈な異臭を放つのは「生タイプ」であるらしい。

ちょっと残念な点ではある。

 

むしろ気になったのが酢漬けのキャベツのようなものの「甘さ」で、

こちらの方が僕の口には合わなかった。

そんなもので丁寧によけて食す。

 

そのうち最初に感じたアンモニア臭も気にならなくなり、

生姜醤油にネギでもあれば、

立派な酒のつまみになりそうな気もした。

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ただ、甥っ子たちがそれ以上食べるのを拒否したため、

「ニイニが責任をもって食べるように」

とチョーナンに冷たく言われてしまう。

この臭豆腐、一人で食べるには若干量が多い。

 

そんなもので甥っ子たちがカニの唐揚げや水餃子、

牛肉麺などを「うめ〜」なんて言ってる前で、

一人さびしく臭豆腐を食べるという

何とも悲しい状況となってしまった。

腹も張るので他の美味そうなものに手が伸びない。

うーむ。

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最終日も結局雨だった。

だが甥っ子たちは雨を気にする様子はまったくない。

帰りの飛行機は16時50分発で時間はたっぷりある。

午前中は台北の街を徘徊。

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土地銀行博物館に寄った時、

チョーナンが「福井の恐竜博物館みたいやな」と言った。

恐竜博物館に連れて行ったのはもう10年ほど前だ。

そんなことを覚えてくれていたのかと思えば何だか嬉しい。

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最後は龍山寺近くでやはり胡椒餅を食べて(笑)

新幹線経由で空港へ向かった。

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帰国して駅まで迎えに来てくれた妹に、

甥っ子たちが様々な出来事を楽しげに話す姿を見てると、

2泊3日というわずかな時間だったけど、

一緒に旅ができて良かったと思う。

 

僕自身、最初は「妹の子供を連れて行く」そんな感覚でいたが、

そのうち男友達と旅を楽しんでるような、

実に気楽な旅だったことに気づいた。

彼らは手のかかる子供ではなく、

ちゃんと立派な男に成長していた。

 

いつまで付き合ってくれるかわからないけれど、

機会があればまたどっか行きたいものだ。

 

国内でも海外でも、別に近場でもいい。

どっかの街の片隅で、

今度は一緒に酒でも飲めたら嬉しいなと叔父は願っている。

 

ま、もっかの悩みは福井に帰れば相方が

「甥っ子連れていったねんから自分もどっか連れていってくれるよねー」

などと言い出すであろうということである。 

 

その一言に怯えつつ、

翌朝、僕は福井へ向かう電車に乗った。

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