午前8時35分。
JR福井駅、金沢方面のホームには想像以上に多くのお客さんがいた。
これから乗車するのは8時41分発の金沢行きであるが、
まだホームに車両の姿はない。
金沢行きはまだ姿を見せず、
ようやく入線してきたのが8時40分。
ホームにいた乗客がどっと乗り込む。
金沢行の普通電車は田園地帯を淡々と走り、
9時01分に細呂木駅に着いた。
4両編成の電車から下車したのは僕一人。
電車が出発していくと、
静寂が山間の小さな駅を包み込む。
僕は腕時計を確認して細呂木駅から歩き始める。
タイムリミットは10時35分。
この時刻が何かと言えば、
隣の牛ノ谷駅を福井行きの電車が出発する時間だ。
この94分の間に、それなりの距離を歩いて、
朝飯を食べ、福井に帰るつもりでいる。
あまりゆっくりはできない。
ふだんから気にはなっているが、
なかなか入る機会に恵まれない、
そんな飲食店は多々ある。
今回、行こうと考えた店も、
福井から国道8号線を金沢方面に向かうと、
県境の手前あたりの右手にポツリとあるのだが、
だいたいでかける時なんて朝飯食べてるし、
帰路となると何処かで食べてきている、
そんなこともあって気になるけど行けない、
そんな店の代表格、と言えた。
むろん、その店を「目的地」とすればいいのだろうが、
基本的に僕が好む類の店は、
何故か相方に嫌われる(涙)
いろんな意味で人生で損をしているような気もするが、
余計なことは言わない。
僕だって相方が好む小洒落た店は基本的に具合が悪くなる。
さて、普段から気になる飲食店を見つけては、
ちょくちょく出かけているけれど、
電車の本数という制約がある以上、
今回は入念な計画が必要だった。
グーグルマップで調べてみると、
細呂木駅から目的の店までは3.5キロ、43分。
目的の店から牛ノ谷駅までは1.4キロ、18分とのこと。
牛ノ谷駅から歩いた方が当然近いのだが、
単に往復するのが嫌だっただけで、
特に深い意味はない。
そのお店については他の方のブログなどを拝見している限り、
9時オープンで日曜定休である、らしい。
今回はその店に朝食を頂きにいくつもりである。
ただ、黙々と歩く。
それにしても10月も後半に差し掛かったというのに、
この妙な暖かさは何なんだろう。
僕は9月には氷が張って、10月には雪が降る、
そんなところで長らく生活していたもので、
10月が暖かいというだけで、
嬉しいような、調子が狂いそうになる。
パーカーを脱いでTシャツ1枚になってただひたすら歩いた。
山肌は確実に色づき始めているし、
稲刈りもとっくに終わっている、
見た目は秋なのに、気温だけがついていっていない、
そんな気がする。
そういや我が家では未だに風呂上がりに扇風機をまわしてる(笑)
北陸線の線路をくぐると、
小さな集落が現れた。
ここが牛ノ谷の集落であるようだ。
北陸道をくぐり、8号線沿いに出た。
福井方面に目をやると、見覚えのある建物が見えた。
この時9時40分。
ただ、その店を見た瞬間に、嫌な予感がした。
ふだん、この店の前を通ると、
賑やかしく「のぼり旗」が立っているのだ。
だからこそ、この店の存在が気になっていたとも言える。
しかしながら、その「のぼり旗」が見当たらない。
嫌な予感がしつつ、僕は店に近づいてみた。
こちらのお店、「丸太」さんという。
店はしまっていた。
腹が「くーぅ」となる。
ここが武生や鯖江ならすぐに他の店を探す、
そんな手段もあるだろう。
しかしながらここは石川県との県境にも近い山間の集落。
ここで朝飯を食べるために、
僕は410円なりの運賃を支払ってJRに乗り、
さらに40分も歩いてきたのだった。
にもかかわらず、開いていない。
ま、思えば自分の人生など、
ずっとこんなことの繰り返しだった、とも言えた。
今回など福井県内だし別にいいではないか、
今までも散々遠出して、
たまたま休みだったことなんて多々あるではないか、、、、
9時45分、
僕は後ろ髪を(ないけど)引かれる思いで
8号線を牛ノ谷駅に向けて歩き出した。
その時だ。
1台の車が「丸太」さんに入っていくのが見えた。
その車からは男女が降りたのだが、
2人とも店の裏手に入っていった。
要するに店の方、と言えた。
はて、何時から営業なんだろ、
僕は腕時計を見た。
僕が今回課した時間制限は、
あくまで1時間に1本の電車の時間を考慮したもので、
牛ノ谷駅発の福井方面の電車は、
10時35分発を逃せば11時34分発もある。
ほどなくして女性がのぼり旗を抱えて店の前に現れ、
回転灯がまわりはじめた。
よっしゃ、と僕は再び「丸太」さんへ向かう。
玄関先で看板を出していた男性に
「やってますか」と問えば、
「どうぞどうぞ、◯◯ちゃん、お客さんだよ!」
と奥に声をかける。
薄暗い店内の壁は、
さまざまなメニューの張り紙で埋め尽くされていた。
いったい、どれだけのメニューがあるのだろうかと思う。
その中に、ソーキそばやチャンプルーといった何故か
沖縄料理も目立つ。
そういや書かれている文字というか、
フォントというかが妙に「沖縄っぽい」気がする。
うまく説明できないけれど、
何せ沖縄っぽい。
シンプルな「朝食」なんてメニューもあったけど、
定食の類もあったもので「ホルモン定食」を注文。
(好きなんです・笑)
ほどなくフライパンをあおる音が聞こえてきた。
9時55分。
ビミョーな時間やよなー、と思う。
グーグルマップの「徒歩」の所要時間は、
これまでの経験からもほぼ正確と言えた。
要するにこの店から牛ノ谷駅までは18分はかかるのだ。
逆算すれば10時17分前に店を出れば間に合う、とも言えるのだが、
食事が提供されるのには10分や15分ほどかかるであろう。
おとなしく次の電車で帰るか、
そう考えた瞬間、ホルモン定食が供された。
10時02分。
まず驚いたのがその量で、
大きめの皿に「これでもかー」と言わんばかりに
ホルモンが盛られていた。
その皿はお盆をはみだし、斜めになっている。
付け合せに煮物と小鉢、香物がついており、
少し遅れて味噌汁も運ばれてきた。
ホルモン定食とはいえ、
ちゃんと肉も入っており、
濃い目の味付けで「ウマイ」の以外に言葉が見つからない。
わさわさと飯が進む。
味噌汁は「赤だし」で、福井では珍しいような気もする。
熱々で美味い。
せっかく電車で来てるんだし、
これでビールとか飲めたらサイコーだろうな、
そんなことをぼんやり思う。
けど今日は残念ながら飲めない。
テレビの音をBGMがわりに黙々と食べる。
その時、別の音がどこからともなく聞こえてくることに気付いた。
厨房でラジオでも聞いているのだろうか。
10時15分、完食。
いやはや、なかなかあなどれない、
満足度の高い定食だった。
ごちそうさまでした。
今度はソーキそばとか、沖縄っぽいものを頂きにこよう。
800円の代金を支払って店を出る。
すると玄関先に小さなラジオが置かれていた。
いったい、このラジオは何を意味するのだろう、
あんまり余計なことを考えると
頭が混乱しそうだったので駅を目指す。
10時35分発を逃せば1時間後である。
牛ノ谷の集落を抜けると、
北陸本線の線路が寄り添ってきた。
ところが予想外に駅は集落の外れにある。
「まじかよ」と思わず言葉がもれる。
ただただ歩く。
走る気力はない。
10時33分、牛ノ谷駅に到着。
汗こそかいてはいないが、
身体が火照っているのは感じる。
10時35分、金沢方面から定刻に電車が現れた。
ホームにいたのは僕1人。
ただ、出発間際に何人かホームに現れた。
どうやら10時40分発の金沢行きに乗るようだ。
このあたりだと生活の流れが石川県に向いているのかもしれない。
10時38分、電車は細呂木駅に到着。
僕がひたすら歩いた道のりが、電車だとわずか3分。
無事に乗れてよかったと思う。
牛ノ谷駅周辺には見事なまでに何もなかった。
あの駅で1時間待つのはさすがに辛い。
それにしても、
時間に追われて緊張していたのであろう。
ホッとしたと同時に睡魔が襲ってきた。
11時00分、電車は福井駅に到着した。
そして、さんざん食ったばかりだというのに、
また腹が減ってきた。