手元に1コマ残った「青春18きっぷ」。
僕は中学生の頃から愛用しているので
何だかんだで30年近く世話になっている。
初めて一人で行った北海道、
初めて一人で一周した四国、
みんな「青春18きっぷ」で行った。
かつてはこのきっぷさえあれば日本中何処でも行けた。
けど、今や日本各地のJR在来線はすっかり寸断されてしまった。
時代の流れとはいえ時刻表を眺めていても、
何だか切なくなってくる今日この頃。
1コマ残った「青春18きっぷ」
はて、どうするか。
新快速電車で大阪へ行き、
大阪環状線の電車に乗り継いだ。
弁天町駅で下車したのは、
2年前に閉館した交通科学博物館の跡がどうなっているか、
ちょっと気になったからだ。
ホームの窓から覗いてみて、
あ、まだ建物そのまんまあるんだ、
とちょっとだけ安心して階段を降りる。
すると改札口に係員はおらず、
何やら怪しげな機械が(笑)
インターホン越しに係の方と話し、
カメラで「青春18きっぷ」を見せれば
「どうぞお通りください」と係の方の声。
うーむ、いつのまにこんなシステムが導入されていたのか、、、
交通科学博物館を外から眺めてみる。
時計は12時ちょうどの状態で止まっていた。
無論展示されていた車両は一切姿を消していたが、
レールやホームはそのまま残されていた。
いったいこれまで何度訪れたのだろうと思う。
環状線のひと駅先の大正に親戚が住んでいたから、
春休みや夏休み、冬休みは必ず大阪に来ていたし、
そのたびに交通科学博物館を訪ねていた。
僕の一番のお気に入りは巨大なジオラマだった。
一日中眺めても飽きなかった。
甥っ子が出来た時は
まるで「息子にせがまれて来た父親」みたいな顔をして、
何度も連れてきた。
一切鉄道に興味を示すことのない少年に育ったのは、
以前に記した通り(涙)
今月末には京都鉄道博物館もオープンする。
それはそれで非常に楽しみにしているのだけれど、
思い出の場所が姿を消すのはやはり寂しい。
下車したついでに弁天町を歩く。
何となく海でも眺めてみるか、
そんな気分になって埠頭を目指したが、
何処もかしこも立ち入り禁止ばかりだった。
昔はこの場所から四国や九州を結ぶフェリーが発着していた。
僕は鉄道だけでなく船という乗り物も好きだったから、
ここもお気に入りの場所のひとつだった。
当時は随分と賑わっていたように記憶しているが、
今や閑散としている。
埠頭の近くには大きな宿があり、
駐車場には多くの高速バスが並んでいた。
乗務員氏たちの休憩に使われているのだろうか。
そういや昔は弁天町には日本交通の高速バスターミナルがあって、
山陰へ向かうバスが発着してたよな、
そんなことを思い出し、
地下鉄の弁天町駅周辺も歩いてみたが
何処にあったのかすらまるっきり思い出せなかった。
再び大阪環状線の内回りの電車に乗り込む。
環状線の西側の車窓は
大阪ドームのオープン、
出来てじきに潰れたフェスティバルゲートなど、
昔の記憶と比べてみても何かと変化があるのだが、
天王寺を過ぎると何となく懐かしくなるような
大阪の町がまだそこに残っているような気がした。
玉造駅の手前で、細長いアーケードの屋根が見えたので下車してみた。
東京にしろ大阪にしろ、
羨ましく思うのは昔ながらの商店街がちゃんと残っていることだ。
店のおっちゃんやおばちゃんにあれこれ尋ねながら、
野菜や魚や惣菜を買う。
日本の原風景なんて都市部にこそ残ってるのかな、
そんな気もする。
ただ、閉口したのは自転車の多さで、
ボーッと歩いていると幾度となく衝突しそうになった。
商店街が玉造駅からだと天王寺方向に戻るような流れだったので、
そのまま環状線の高架下を歩く。
前からやって来たチャリンコのおっさんが、
「かーっ、、、ぺ!!」
とタンを路上に吐き出そうとしたら、
そのまま自分のズボンにかかってしまい、
あわててひっくり返りそうになっていた。
気づけば鶴橋駅へ。
狭く入り組んだ路地に商店が密集している。
似たような光景をどっかで見たぞと思ったら、
こないだ行った台北の町を思い出した。
最近気づいたのは、
自分が居心地良く感じる空間というのは、
「ごちゃごちゃしてるところに適度に人がいる場所」ってことか。
それもちゃんと地元の方の声が聞こえる場所。
商店街を歩いていると、
ざわめきが、人の会話が、賑やかさが何とも心地よい。
観光地の「モノを売り込む」賑やかさとは違う、
生活に密着した賑やかさ。
日本中どこもかしこも再開発が進んで、
町並みは美しく整備されたけれど、
何処もかしこも似たような光景、
かつみんな静かになってしまったように思う。
これは鉄道にも言えることで、
ちょっと前までの「雷鳥」なんていう特急電車には、
車内販売の売り子さんの他に、
弁当だけを販売する売り子さんもいたし、
お客さんも行楽気分でわあわあ言ってる楽しげな雰囲気に満ちていた。
それがサンダーバードになってから、
すっかり車内は静かになってしまった。
どうもまわりが綺麗になると、
人は静かになる習性があるようだ(笑)
それは天王寺まで行って余計に思った。
天王寺周辺なんて以前は本当にごちゃごちゃしてて、
まさに「雑踏」なんて言葉がピッタリ似合う、
そんな場所だったと記憶しているが、
いまやすっかり「都心」である。
めちゃくちゃ人の行き来は多いのに、
驚くほど静かだ。
歩き疲れたので地下街の片隅にある「恵比寿屋」さんにお邪魔した。
周辺は人の数に対して静かだけど、
店内は昼間から大勢の酔っぱらいで賑わっていた。
非常に素晴らしい光景である。
生ビールと鰯の刺し身と注文。
ほどなく届いた刺し身はほれぼれする美しさ。
冷えたビールをくいっとやって、
刺し身を口にすれば「あー、生きててよかった」と思えてくる。
ホルモン炒め(別の名前でしたが忘れた)も追加。
ビールも飲み干してチュウハイ追加。
腹も適度に満たされて、
勘定すませば1500円でお釣りがきた。
日常的にこんな安くてウマイものを食してる大阪の方々は、
他の地にいって満足できるのだろうか、
なんてことも思った。
腹も満たされて新世界まで歩いた。
以前はよくも悪くも若干近寄りがたい雰囲気であった新世界も、
今やすっかり観光地と化している。
はて、いつの間に新世界は観光地と化したのだろう。
福井に帰る前に友人に会って、
「えらい天王寺が綺麗になっててびびった」
そんな話をしたら、
「天王寺は街が箱に入ってもたねんなー」と笑ってた。
その表現に「なるほどなー」と妙に納得してしまう。
「前なんてそこいらじゅうでカラオケやったってのに」
そうそう、まさにそれが天王寺のイメージ(笑)
そんな話をしてから福井に帰ったら、
ま、当然以前とは違う恐ろしく美しい駅前が広がっているワケで、
住民としては嬉しくもあり、誇りに思いつつある反面、
あー、ここに古びたアーケードの商店街もあったよなー、
かなりいい雰囲気だったよなー、と、
相方の迎えを待ちつつ缶ビールを飲みながらセンチな気分になってしまったのは、
単に自分が年をとっただけにすぎないのか。
気づけば新年度、何だかんだで春だ。
相方の口からは「今年の新入社員は〜」なんていう愚痴を毎日聞くことになるのだろう。
それもまた、春の光景。
青春18きっぷを使いだして30年、
北陸の地で暮らし始めて20年+数年。
何だかんだありつつ、いいつつも。
来年もまたこの地で新たな春を迎えたい、とは思っている。