北陸徘徊人

福井・石川・富山を中心にゆるーい旅を満喫中

武生と赤穂と福井のさぬきうどん

目覚めた朝は快晴だったもので、

「久々に文珠山でも登ってくるか」

そんなつもりでいたのだけど、

最高気温が37度になるなんて聞いただけで戦意喪失。

 

だからといって家でじっとしているのも何だかもったいない。

 

ま、こんな日は電車にでも乗るに限る(笑)

 

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午前8時すぎの福井駅前。

ハピリン前の広場で涼んでいると、

ヒゲ線に「さくら色のフクラム」が現れた。

たびたび乗ってる「フクラム」だけど、

「さくら色」に乗るのはほぼ1ヵ月ぶり。

 

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この間に「さくら色」のフクラムに起きた変化は、

「ハート型のつり革」

初めてまともに見たけど、

オジサンには何だか気恥ずかしいな(笑)

 

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ついでに福井新聞の記事によると、

このさくら色のフクラムは「サクラム」と呼ばれているそうな。

 

いつも通り北府駅で下車。

 

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もはやそこが定位置であるかのように

「610形」さまはいらっしゃった。

 

考えてみれば昨年末、乗ってきた「さくら色のフクラム」の運行開始により、

610形電車は運用離脱したもので、

610形ファンとしては複雑な思いもあったりする。

 

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それにしても福井鉄道さんはいつまでこの場に放置しておくのだろう。

最近の僕はこの「610形」が気になってばかりいるので、

さっぱり「えちぜん鉄道」に乗る機会を失っている(笑)

 

今回は越前藩・本多家の菩提寺、「龍泉寺」を目指す。

 

きっかけは福井出身の方から頂いた

「そういえば赤穂浪士と武生の本多家は縁があるそうですね」

そんなメールの一文による。

歴史に疎い僕は初耳のことだった。

 

それからネットで色々調べてみると、

ふむふむと出て来る情報はあるのだけど、

それに関する書籍みたいなものはさっぱり見当たらず、

今度地元の赤穂に帰ったら調べてみようと考えていた矢先、

図書館で「福井の意外史」なる本に行き着いた。

昭和50年に読売新聞が刊行したものだ。

 

この本をめくると「忠臣蔵異聞」なる項がある。

 

ころは元禄15年(1702)12月14日。本所松坂町、吉良上野介義央の江戸屋敷……デデーンとくれば、ご存知赤穂浪士の討ち入り。その吉良屋敷の東隣がちょうど越前・武生・本多家の江戸屋敷だったこともあり、討ち入り事件と深いかかわりがある。

本多家は、世紀の大事件を目撃。討ち入り当夜の模様だけでなく、吉良家や赤穂浪士たちの動静、一部始終が手にとるようにわかった。本多家家臣は、高みの見物を決め込んでいたのではなく、赤穂浪士側と幕府側の両サイドから事件の筋書きを巧みに操り、影の主役を演じていた形跡さえ残している。

 

ここでは「赤城義臣伝」なる書籍が紹介されているのだけれど、

この内容がなかなか興味深い。

 

武生・本多家二万石は、越前・松平藩の付家老職(幕府が直接任命した家老)で、表面はあくまで越前北ノ庄城(福井城)の筆頭家老だったが、徳川幕府派遣の目付け役の存在だった。だから旗本と同格、幕臣のような立場にある。元禄年間の殿様は本多孫太郎長員。家臣に日置流弓術の達人、滝当左衛門という人が江戸詰めになっており、神田で私設道場を開いていた。

門人の一人だったのが赤穂浪士堀部弥兵衛金丸。滝の紹介で、本多家臣、忠見元右衛門の長女を嫁に迎えた。堀部、忠見両家の親類付き合いが始まり、後には有名な養子の堀部弥兵衛武庸も忠見家に出入りして、親子二代にわたる強固なつながりができた。

 

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龍泉寺は川沿いの小道を入った先に

ひっそりと佇んでいた。

 

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「福井の意外史」を続けてめくる。

 

浅野内匠頭吉良上野介に切りつけ、

浅野内匠頭切腹赤穂城は明け渡しとなった後のこと。

 

赤穂四十七士の中でも堀部父子は急進派。吉良が本所松坂町へ屋敷替えになり、本多家の隣になったのを幸いに、親類の忠見元右衛門の子、扶右衛門を頼って、吉良邸の偵察活動にかかった。まさに天の恵みか、忠見扶右衛門も江戸詰め勤務になり、吉良邸から50メートルも離れない本多家江戸屋敷の中に住居を構えた。堀部父子は秘かに、忠見屋敷を利用して吉良邸を研究した。

 

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講談では、岡野金右衛門が大工の娘と親しくなって、吉良邸の絵図面を盗み出すことになっているが、これはウソらしく「義臣伝」には「堀部が方より、指越したる絵図に引き合わせ、ともに書き入れける」とあり、実際は堀部父子が忠見家を通じて手に入れたのが真相らしい。邸内の模様も、想像以上に細かく調べ上げた。

例えば「上野介の寝間は、毎夜替わる事見えたり。なぜなら朝水を南の間に運んだり、北の間に運んだりしており、夜も行灯をいろんな部屋へ持っていったりしているので注意が必要。東西の門の内に家来の長屋があり周囲に深いミゾがある。板がしてあるが、足でふみ抜く恐れも十分……」などまるで節穴からのぞき見そているような調子。

本多家は浪士に協力し、同家にあった高さ10メートルの「火の見やぐら」から偵察することも許した。討ち入りは14日午前4時。義挙を助けるため本多家は、照明用に屋敷内から高張りちょうちんを何十本も並べ、かげながら協力を惜しまなかったのは有名な逸話でもある。《福井の意外史より》

 

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本多家の協力あってこその討ち入り成功か、

そんなことも思う。

赤穂出身者としては感謝の思いでただ合掌。

 

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さて、この時点でまだ9時30分だった。

 

適度に腹は減っていたが、いくら何でも昼飯には早すぎる。

もう少しぶらぶらしても良かったけれど、

気温はぐんぐん上がってもはや徘徊する気力もわかない。

ここはおとなしく福井に帰って昼飯にすることにした。

 

前武生駅に着いたのは9時52分で、

9時55分発田原町行き普通電車の改札を行っていた。

こちらは従来の路面電車型の車両で、

どうせなら快適な車両で帰りたいと、

10時14分発のフェニックス田原町ラインの急行まで待つことにした。

 

で、改札が始まったもので右手に停車していた

「グリーンのフクラム」へ向かおうとしたらら、

駅員氏が「左側の車両へお願いします」とのこと。

 

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僕はいったい何のために一本やり過ごしたのだろう(涙)

この車両でも別にいいンだけど、

冷房が強烈すぎて寒いのよな(笑)

贅沢言うなって言われそうだけど、、、

 

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最近、駅前での昼食となると、

8割方ハピリンの「オレボ」さんばかり行っているもので、

今回は少しばかり足を伸ばして、

以前から気になっていたお店に伺うことにした。

 

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市役所前で電車を下りて、

お堀に沿ってぶらぶら歩く。

 

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福井駅前というよりはえちぜん鉄道の新福井駅が最寄りか。

以前からこのあたりを車で通ると

「さぬきうどん」の文字が妙に気になっていたのだった。

ほどなく「こんぴら亭」さんに到着。

 

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開店まもない時間で、

他にお客さんの姿はなかったのだけれど、

店員さんたちは「大忙し」といった感じだった。

その理由は床にずらりと並んだ「おかもち」を見れば分かる。

どうも出前がメインのお店であるようだ。

 

とりから、ごはん、うどんが付いた「とりから定食」を注文。

待っている間にもどんどん出前の品が仕上がっては出ていく。

 

こりゃだいぶ待つかな、なんて思っていたら、

ほどなく「とりから定食」が配された。

想像以上に大きめの「とりから」は

醤油ベースの下味しっかりめ、

なかなかジューシーな仕上がりで満足度高し。

 

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うどんは「温かい」のにしてもらったけど、

うどんそのものも当然美味しいけど

「出汁」がしみじみ「ほっとする」のよな。

「ほっとする」意外の表現を思いつかない。

 

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いやはや、満足、ごちそうさまでした。

 

たまには「えちぜん鉄道」の売り上げにも協力しようと、

新福井駅へ。

えち鉄の高架化工事は着々と進んでおり、

新幹線高架の間借りもあと僅かなんだなあ、なってことを思う。

 

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福井まで1駅乗るのも物足りなかったもので、

僕は無駄に田原町まで行き、

さっき乗りそびれたグリーンのフクラムに乗って福井駅へと帰った。

 

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