北陸徘徊人(元)

富山、福井、石川を中心にゆるーい旅を満喫中

富山地鉄上滝不二越線・大泉駅〜不二越駅徘徊

富山はその人口に対して銭湯が多いというのは

わりと有名な話であるようだけど、

決して銭湯をとりまく状況というのは明るくないようで、

着々と減り続けている、そんな印象はある。

 

そんな中、富山の銭湯に関する情報を調べていたら、

以下のような記事を見つけた。

10月末の北日本新聞より全文拝借。

 

富山市長江本町の銭湯「入舟湯」が今月、約2年3カ月ぶりに営業を再開した。近くの同市西長江4丁目で、かみや釣具店を営む紙屋郁子さん(75)が前オーナーの要望に応え「地域の憩いの場を復活させよう」と経営を引き継いだ。閉店を惜しんでいた住民が再開を喜んでおり、紙屋さんは「銭湯業は素人だけど、癒やしの場になるよう頑張りたい」と話している。

入舟湯は1958年に開業。井戸水で沸かす滑らかな湯が人気で、常連客からは「せっけんがなくても肌がすべすべになる」と評判だった。前オーナーの井田豊之さん(64)が体調を崩したため、2017年6月末にのれんを下ろした。

今年に入り、紙屋さんは井田さんから「お風呂を引き継いでくれないか」と相談を受けた。釣具店の他に別の事業に取り組めるか悩んだが、戦後に公衆浴場が人気だった思い出や復活を望む声もあり、6月に引き受けることを決めた。

釣具店を切り盛りする長男の弘次さん(52)と共に、ボイラーの使い方や浴室掃除のやり方などを学び、外壁や浴室の仕切り板などを塗り替えた。入舟湯の名前や脱衣ロッカー、風呂おけはそのまま。風呂の種類も閉店前と同じで、湯温44度の白湯、気泡風呂、ショウガやラベンダーなどの日替わり薬湯をそろえた。

今月1日にオープンすると、なじみの客らが早速、訪れた。「よく復活させてくれた」「これからも長く続けてほしい」との励ましの言葉を受け、紙屋さんは「たくさんの人が集まり、ゆっくりとくつろげる空間にしたい」と笑顔で話した。《北日本新聞》

 

この記事を見つけた日に

そのまま入船湯を目指すことにした、というのが今回の徘徊。

 

 

 

南富山から地鉄不二越線の電車に乗って一駅、大泉で下車。

 

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なかなか渋い駅、であったりするが、

地鉄さんはもう少し掲示物に気を使った方がいいのではなかろうかと思う。

今は12月半ばですぞ(笑)

 

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大泉駅から立山通りを東に向かえば、

富山市内で唯一残った健康ランド「サウナ・アルプス」がある。

以前は「カケオパレス」とか「東洋健康ランド」もあって、

双方ともそれなりに賑わっていた印象があるが、

いつしか姿を消していた。

 

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福井のゆ〜湯にしろ金沢のテルメにしろ、だけど、

旅人にとって風呂があって雑魚寝でも宿泊できる施設というのは

何よりありがたい限り、であったりするので、

末永く頑張って欲しいなあ、と思う。

 

ちなみに以前、職場の忘年会の幹事をやった時、

こちらの「サウナ・アルプス」さんを利用させてもらったら、

風呂は入れるし、

2次会で余計なところに行く必要もなくなるし、

タクシー代を気にすることなく泊まっていけるし、

と、好評でしたww

 

「サウナ・アルプス」さんの先、高原町の交差点を右折して、

とりあえず昼飯としたい。

ただ、やっているか、どうか、それだけが心配、、、

と思っていたらちゃんと暖簾がかかっていた。

 

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引き戸を開いて店内へ。

カウンターと、テーブル2脚だけの小さな空間。

奥には座敷もあるのだけど、そこは使われていない。

その座敷にはストーブがあって、

上にはやかんが載っていて、

客の位置からは見ることができないテレビがついているのだろう、

音声だけが聞こえてくる。

 

僕がこの店を知ったのは十数年ほど昔で

その時も「高齢のご夫婦がやっている」という印象があったけど、

今回久々に入ってみて、

奥さんの腰が以前より確実に曲がったなあ、とは思ったけど、

それ以外は最初に訪れた十数年前と何ら変わらないような気がする。

 

カウンター席に陣取り「みそチャーシュー」を注文。

店内はめちゃくちゃレトロだし、

ご夫婦もかなりの高齢であるが、

印象的なのはめちゃくちゃ身なりがきれいである、ということか。

 

旦那さんのシャツにしろ、エプロンにしろ、

奥さんの割烹着(?)にしろ、

クリーニングから出したばっかりみたいな感じでツヤツヤなのだ。

 

ほどなく配されたみそチャーシュー。

分厚いチャーシューは健在。

ひとくち食って、あー、うめー、と思う。

 

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こういった書き方をすれば失礼かも、だけど、

これだけ高齢のご夫婦がふたりで商売を続けている、って、

何て素敵なことなんだろうか、とも思う。

 

ごちそうさまでした。またお邪魔します。

 

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高原町から北上。

ここはアルビス高原町店の裏手の道からの景色であるが、

真正面に鍬崎山と薬師岳が見える。

 

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僕は旧大山町民であったし、

何より薬師岳の山小屋にいたもので、

富山といえば「立山・剣」だけではない!と言いたいのだけど、

いかんせん体力がなくなってしまって薬師岳界隈の魅力をお伝えできないのが

ただただ悲しい点であったりする(涙)

 

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さらに北上しているとこんなお店が現れた。

間違っていれば申し訳ありませんだけど、

この店舗、おそらく川崎磯信さんという方が経営されていたお店ではなかろうか。

 

川崎磯信さんという方がどういう方か、

一番要点をついているのは以下の記事だと思う。

平成6年1月の北國新聞より拝借。

 

川崎磯信さん】新社名は「食糧庁殿 私はヤミ米屋です」

食糧管理法違反(無許可販売)の罪で公判中の13日に富山県警から2回目の摘発を受けた富山県婦中町、米販売会社「コメックス」(元の川崎商店は清算中)の川崎磯信社長(57)は14日、コメックスを休業し、4月をめどに新たに株式会社「食糧庁殿 私はヤミ米屋です」を設立する準備を進めていることを明らかにした。川崎社長は「この社名で食糧庁との闘争を続けたい」と話しているが、一風変わった社名は関係方面で波紋を呼ぶものとみられる。

川崎社長は昭和50年6月に農機具、家具販売や種苗、飼料販売を業とする株式会社「川崎商店」を設立。以後、米穀販売も手掛けたが、平成四4年10月、食糧管理法違反で富山県警の家宅捜索を受け、「一時的に資金繰りが悪くなった」(川崎社長)として同年12月、同社を解散登記した。これより先の平成4年9月には、「川崎商店」の米穀販売部門の店名と同じ株式会社「コメックス」を長女を社長にして設立、同5年4月には川崎さん本人が名実」ともに同社の社長となり、富山市内に5店舗、婦中町内に2店舗を構えてヤミ米を公然と販売している。

川崎社長は「毎週、土、日曜日に食糧庁のおひざ元である東京都の光が丘団地でトラックの荷台を利用してヤミ米を売る際、トラックに張ってある『食糧庁殿私はヤミ米屋です』の文句が消費者に受けているので、いっそ社名にしたほうが商売になると考えた」と新たな社名での会社設立の理由を話している。

川崎社長は14日午後、東京都練馬区光が丘団地でのヤミ米販売のため、東京へ向かった。その際、富山食糧事務所に寄り、東京へ運ぶヤミ米の明細書を手渡した。《北國新聞

 

僕が富山に来た頃、頻繁に富山のニュースを賑わせていたのが

この川崎磯信さんという方であって、

今、当時の新聞記事を読んでみると「強烈なおっちゃんやなー」と思う反面、

これだけ真正面から国の矛盾にぶつかっていった方なんて、

そうそういないのではなかろうか、というのが、

一応平成すべての日についていろいろ調べている僕の感想。

 

先日、富山のテレビに出てたけど、

毒は抜けたけど鋭い眼光はそのままで一安心。

 

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やがて「入船湯」が見えてきた。

富山の浴場組合サイトに掲載されている写真だとレトロな印象があるが、

冒頭に紹介した記事に「外壁や浴室の仕切り板などを塗り替えた」とある成果なのだろう、ポップな印象すらある。

 

番台はフロント式で愛想のいい男性が「いらっしゃい」と迎えてくれた。

 

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脱衣場も浴室も非常にきれい、かつ明るい。

開湯して間もない時間であるにも関わらず、

すでに先客は7、8人いる。

 

そして今、この場にいる父ちゃんたちは、

この2年3カ月のこの時間、どこで何をしていたのだろうか、

なんてことを思う。

 

ちょい熱めの湯につかる。

浴室内にこんこんと降り注ぐ日差しが何とも心地よい。

 

湯につかりながら、父ちゃんたちの年季の入った背中を眺めつつ、

本当ならこの父ちゃんたちが孫でも連れてくる、

っていうのが理想形なんだろうけどなあ、とも思う。

まあ、日頃は孫の面倒ばかり見てるから、

風呂くらいは1人でゆっくりしたいというのもあるのかもしれないけれど(笑)

 

一方で、富山の銭湯が今後生き残りを図っていくためにも、

回数券ではなしに定期券みたいなシステムがあってもいいのではなかろうか、

とも思う。(個人的願望・笑)

 

いずれにせよ、こういった形で銭湯が復活してくれるのは、

イチ銭湯ファンとしては喜ばしい限り。

 

湯上がりに、番台の男性が非常に丁寧な言葉で送り出してくれたのも、

何とも好印象。

またお邪魔します。

 

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入船湯から少し歩くと、

富山県道6号富山立山公園線の、かつて大阪屋ショップ長江店があった場所に出た。

この道はかなりの頻度で行き来していたけれど、

ほんの少し入ったところに銭湯があったなんて、

今の今まで知らなかったなあ、と改めて思う。

 

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不二越駅まで歩いて、電車を待っていたら、

予想外に上等な車両が現れて面食らう。

この車両なら地鉄の高い運賃も納得できるんだけどな(笑)

 

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で、今回の徘徊に関する話は以上で終了。

 

以下お知らせ。

 

 

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富山駅前には送迎する際に非常に使い勝手のいい平面駐車場があって、

20分間無料ということもありそこそこ賑わっているのだけど

先日、この駐車場が閉鎖されるなんて話を耳にして

改めて確認しにきた次第。

 

 

閉鎖は1月6日の昼12時、とのこと。

 

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富山駅って降車場はあるけれどそこでの乗車待ちは認めていないから

(すぐに係員が飛んでくる)

やむをえずこの駐車場を使っているのだけど、

この駐車場がなくなればどうやって駅に迎えにいけばいいのだろうか、

なんて考えていただけに

「12月下旬にあいの風とやま鉄道の高架下に駐車場を増設」とあるもので

一安心(笑)

 

ま、駅まで年明けに送迎されている方はご注意ください。